19/08/2021
第二十話 「便利屋最後の依頼、命がけの夜逃げ屋タコ坊」
「おはようございます!じゃあ今日の現場の確認です!」
朝8時、便利屋の事務所から元気な声が聞こえてくる。十人くらいの若者が事務所に集まっている。
「まずお好み焼き能呂の掃除を、バイトの板尾君、鷹田君、有田班でお願いします。車は2号車のトラックで。外の窓拭きですが、アップスライダー使うとき気を付けてくださいね。有田、頼んだぞ!必ず誰か一人下で押さえてください。
次は葛南葬儀社のお手伝いにバイトの朝熊君お願いします。電車で行ってもらいますが、この現場は初めてですよね?後で地図を渡します。
じゃあ次、日南住販のマンションの内装工事、石清水とバイトの堀腰君、私の藩でお願いします。車は4号車で行きます。それで堀越君は夕方、渋谷東急に移動して吉祥堂の搬入のお手伝いよろしくお願いします。搬入口分かるよね?
そして清新町の青山邸は、昨日に引き続き羽嶋さんと赤藤と鈴鹿でお願いします。1号車です。後で涌田さんが特注の棚を届けるそうです。
じゃあみなさん、世間ではクリスマスムードですが、今日も気を引き締めて事故の無いようによろしくお願いします!」
出掛けている涌田の代わりに仕切っているのは、羽嶋之雄ではなく去年入社した吉永だ。すっかり仕事の段取りも覚えて頼もしい存在になっている。吉永たちの入社から一年以上たった一九九四年のこの頃は、便利屋という看板をかかげてはいるものの、仕事の依頼はリフォームと掃除と人材派遣がほとんどで、たまに引っ越しがあるくらいだ。何故か昔のような便利屋らしい仕事は激減していた。
事務所からぞろぞろと人が出てきて、車に荷物や材料を積んだり、アップスライダーという可動式の長い梯子をトラックに積んだりしている。「やったー、今日はラッキー」とか「うわー、吉祥堂か。きついなあ」などと口走るバイトたち。
タコ坊のジャンパーを着ているのが便利屋の社員でそれ以外はアルバイトだ。いつの間にか赤藤と石清水と鈴鹿という新人社員が増えている。去年に続いて一九九四年にも社員を募集した。石清水はタコ坊初の女性社員だ。ガテンの募集広告を見てきた職人希望の逸材だった。
そのころ涌田広幸は旧便利屋事務所、つまりは実家なのだが、その近くを流れる中川の土手に寝転んでいた。
現場に届ける特注の棚を受け取りに近くまで来たので、ついでに久しぶりに実家で朝飯を食べて、腹ごなしに土手まで出てみた。
十二月にしては暖かく、寝転んで空を見ていると、小春日和の真っ青な空に白い雲を引きながら飛行機が飛んでいた。
じっとその飛行機を見ているうちに意識がタイムスリップして、今見ているはずの飛行機の中に、七年前のアメリカから帰ってくる自分がいた。
何をやってもうまくいかず、空回りの人生に焦り、何でもいいから自分の人生で納得のいく大きなことをやってみたくてギラギラしていた。
まだこれから起こるドラマのような冒険の数々の何一つ知らず、可能性だけの未来に期待と不安でいっぱいだった頃。
「すべては、あそこから始まったんだな」
機内で今にも泣き出しそうな顔をしている自分が可笑しかった。
「心配すんな、これからめちゃくちゃ面白い未来が待ってるぞ!」
そう呟いてみたが、声が届くよりも早く飛行機は空の彼方へ消えていった。
岡野と出会って、須々木を巻き込んで、羽嶋がやってきて、あれからあっという間に時間が過ぎたような気がするけど、ここまではいい人生だ。これからだって見たい夢はまだまだある。しかしいつまでも仲間に甘えているわけにはいかないな。
「さて、じゃあ家具を引き取って現場に向かうか」
そう言って立ち上がったとき携帯電話が鳴った。吉永からだった。
「何かあったのか?」
「すいません、今飛び込みで仕事の依頼があったんですけど、ちょっと厄介そうな案件で・・・」
「どんな依頼だ」
「簡単に言うと、夜逃げですね」
「夜逃げ!?」・・・久しぶりに便利屋らしい仕事だ。
「で、すみません。ボクもう出なきゃいけないんで、涌田さん依頼者と話してもらえますか?五分後に涌田さんの携帯にかかってきます」
「分かった。任せろ!」
涌田は実家に停めてあったホロ付きのトラックに戻って電話を待った。すぐにかかってきた
「はい、便利屋タコ坊の涌田です」
「あ、どど、どうも、神山です」中年男性の声だ。少し怯えている様子だ。
「話は伺ってます。あの、これは自宅からの電話ですか?」
「いえ、公衆電話です」
「よかった。ではお話しください」公衆電話なら取りあえず盗聴はないだろう。
「す、すいません、お願いできますか?」
「安心してください。法に触れない限り依頼を断ることはありませんから。どころで、会って詳しい話を伺いたいんですが、ご住所は?」
「えーっと、西葛西なんですが・・・家はちょっとまずいので、私がそっちに伺います」
西葛西か、じゃあ清新町のパトリエの方が近いな。ちょうど棚を引き渡しに行くしな。
「じゃあ神山さん、清新町のパトリエ分かりますか?ええ、そうです。そこの一階にインテリアTACOBOというカーテン屋があるんですが、そこにお昼の11時に来てもらえますか?はい、もし誰かに監視されているとしても、便利屋の事務所よりはよっぽど怪しまれないですから。じゃあ後ほど」と言って電話を切って煙草に火を点ける。
「夜逃げか・・・」と一人呟く。
オーダーファニチャー「D‐in」に着く。オーナーの入口さんは若手だが、特注の家具を専門に作る凄腕の職人だ。特殊なカンナを使いこなしどんな曲線でも作り上げる。
「毎度!タコ坊です」ドアを開けるとシューっと木肌を削る心地よい音が聞こえた。
「ああ、タコ坊さん。出来てるよ」木くずを払いながら入口が答える。
10時45分。羽嶋たちの現場に美しく仕上がった棚を納めてからパトリエに着いて、裏口から店に入る。インテリアTACOBOも赤と緑を基調にした装飾が施され、パトリエ全体に流れるBGMはクリスマスソングだ。
「うぃーっす!」と缶コーヒーを四本渡す。
「おう、お疲れ!サンキュー」と店長の岡野芳樹がコーヒーを受け取る。
「お疲れ様です!」と、大越と目高みずほが駆け寄ってくる。
目高みずほ!?
そう、つまりはそういうことで、今年の夏からそれまで働いていた千葉の不動産を辞めて、ここインテリアTACOBOで働いているのだ。もちろん涌田との関係は便利屋全員承認済みだ。彼女は思った以上に機転が利き、接客もうまく、第一毎日やる気に満ち溢れていて、岡野と大越の二人のときと比べて店がぱっと明るくなった。
「岡野、11時にここに便利屋の客が来るんだ。お前も一緒に話を聞いてくれるか?ちょっと問題ありな現場なんだ」と涌田が言うと
「ははーん、もしかしてその依頼人神山って言うんじゃねえか?」と岡野が言った。
「え!何で知ってんの?」
「いや、10時半ごろその男が来て、誰かとここで待ち合わせをしてるって言うんだけど、肝心な誰と待ち合わせなのかが分からないって言うからさ、追い返したよ」
「あちゃー。すまん、お前に電話しておくんだったな。11時だって言ったのにまさかそんなに早く来るとは」
注)一部画像を拝借している物もあります。